香港 国家安全法 解説付き全文和訳 第五章

第五章 中央人民政府驻香港特别行政区维护国家安全机构/第5章 中央人民政府駐香港特別行政区の国家安全維持機構

※組織を新設する旨の規定も公布日施行となっているが、おそらく立法のミス。6月30日の法律施行から7月8日の国家安全維持公署設立までの間は、法律の定める義務を中央人民政府が履行できない状態が続いたことになる。中央人民政府は公布よりも前に法案の内容を知っていたはずなので、早めに準備して法律施行と同時に組織を発足させれば良かったのだが、それが難しいなら本章だけでも公布から施行までの間に準備期間を設けるべき。

 

第四十八条 中央人民政府在香港特别行政区设立维护国家安全公署。中央人民政府驻香港特别行政区维护国家安全公署依法履行维护国家安全职责,行使相关权力。

  驻香港特别行政区维护国家安全公署人员由中央人民政府维护国家安全的有关机关联合派出。

 

第四十八条 中央人民政府は香港特別行政区に国家安全維持公署を設立する。中央人民政府駐香港特別行政区国家安全維持公署は法律に依拠して国家安全維持の職責を履行し、関連する権力を行使する。

香港特別行政区国家安全維持公署の人員は、中央人民政府の国家安全維持に関連する機関から連合して派遣する。

1項で中央人民政府が国家安全維持公署を設置する旨を規定。「依法履行职责」という語が本項と50条1項で2回も出てくるが、当然のことであり明記する意義に乏しい。むしろ国家安全維持公署が行った行為は全て適法であることを後から説明するために使われる規定か。2項で公署の人員について規定。

 

第四十九条 驻香港特别行政区维护国家安全公署的职责为:

  (一)分析研判香港特别行政区维护国家安全形势,就维护国家安全重大战略和重要政策提出意见和建议;

  (二)监督、指导、协调、支持香港特别行政区履行维护国家安全的职责;

  (三)收集分析国家安全情报信息;

  (四)依法办理危害国家安全犯罪案件。

第四十九条 駐香港特別行政区国家安全維持公署の職責は:

(一) 香港特別行政区の国家安全維持情勢について分析し研究し判断し、国家安全維持の重大な戦略と重要政策について意見や提案を提出する

(二) 香港特別行政区が国家安全維持の職責を履行するのを監督・指導・協調・支持する

(三) 国家安全の情報やニュースを収集し分析する

(四) 国家安全に危害を加える犯罪案件について法律に基づいて処理する

国家安全維持公署の職責を列挙。1号で国家安全維持に係る重大な戦略等について意見を出す旨が規定されているが、誰に対して出すのか明記されていない。2号は香港特別行政区に対する監督、指導等に関する規定であることから、1号は中央人民政府に対する政策提言を規定したものか。

 

第五十条 驻香港特别行政区维护国家安全公署应当严格依法履行职责,依法接受监督,不得侵害任何个人和组织的合法权益。

  驻香港特别行政区维护国家安全公署人员除须遵守全国性法律外,还应当遵守香港特别行政区法律。

  驻香港特别行政区维护国家安全公署人员依法接受国家监察机关的监督。

第五十条 駐香港特別行政区の国家安全維持公署は厳格に法律に基づいて職責を履行しなければならず、法律に基づいて監督を受け、いかなる人や組織の合法的な権益も侵害してはならない。

香港特別行政区国家安全維持公署の人員は全国性の法律を遵守しなければならないだけでなく、香港特別行政区の法律も遵守しなければならない。

香港特別行政区国家安全維持公署の人員は法律に基づいて国家監察機関の監督を受ける。

国家安全維持公署が法律を遵守する旨及び監察機関の監督に服する旨を明記した、当たり前の規定。なお、香港の法律については、62条で本法と抵触する規定については適用が排除されることに留意が必要。3項の国家監察機関については、憲法第3章第7節を参照。

 

第五十一条 驻香港特别行政区维护国家安全公署的经费由中央财政保障。

第五十一条 駐香港特別行政区国家安全維持公署の経費は中央の財政によって保障される。

国家安全維持公署の財源について規定。

 

第五十二条 驻香港特别行政区维护国家安全公署应当加强与中央人民政府驻香港特别行政区联络办公室、外交部驻香港特别行政区特派员公署、中国人民解放军驻香港部队的工作联系和工作协同。

第五十二条 駐香港特別行政区国家安全維持公署は中央人民政府駐香港特別行政区連絡事務室・外交部駐香港特別行政区特派員公署・中国人民解放軍駐香港部隊と連絡しての業務と協同しての業務を強めなければならない。

国家安全維持公署が他の機関と連携を強化する旨の訓示規定。

 

第五十三条 驻香港特别行政区维护国家安全公署应当与香港特别行政区维护国家安全委员会建立协调机制,监督、指导香港特别行政区维护国家安全工作。

  驻香港特别行政区维护国家安全公署的工作部门应当与香港特别行政区维护国家安全的有关机关建立协作机制,加强信息共享和行动配合。

第五十三条 駐香港特別行政区国家安全維持公署は香港特別行政区国家安全維持委員会と協調のしくみを打ち立てなければならず、香港特別行政区の国家安全維持業務を監督・指導する。

香港特別行政区国家安全維持公署の業務部門は香港特別行政区の国家安全維持に関わる機関と協力のしくみを打ち立てなければならず、情報の共有と行動の協力を強化する。

1項で、国家安全維持公署が香港の国家安全維持委員会と連携し、香港特別行政区の国家安全に関する業務を監督、指導する旨の規定。49条2号と重複している感が否めない。2項は、国家安全維持公署の各部署が、香港の関係する機関と連携する旨の訓示規定。

 

第五十四条 驻香港特别行政区维护国家安全公署、外交部驻香港特别行政区特派员公署会同香港特别行政区政府采取必要措施,加强对外国和国际组织驻香港特别行政区机构、在香港特别行政区的外国和境外非政府组织和新闻机构的管理和服务。

第五十四条 駐香港特別行政区国家安全維持公署・外交部駐香港特別行政区特派員公署は香港特別行政区政府と連合して必要な措置を取り、外国または国際組織の駐香港特別行政区の機関・在香港特別行政区の外国および境外の非政府組織・報道機関の管理と服務を強化する。

国家安全維持公署、外交部及び香港政府が、香港に駐在する外国及び国際機関の機構並びに外国及び境外(台湾)のNGO及びメディアに対して管理を強化する旨を規定。

 

第五十五条 有以下情形之一的,经香港特别行政区政府或者驻香港特别行政区维护国家安全公署提出,并报中央人民政府批准,由驻香港特别行政区维护国家安全公署对本法规定的危害国家安全犯罪案件行使管辖权:

  (一)案件涉及外国或者境外势力介入的复杂情况,香港特别行政区管辖确有困难的;

  (二)出现香港特别行政区政府无法有效执行本法的严重情况的;

  (三)出现国家安全面临重大现实威胁的情况的。

第五十五条 以下に定める状況のうちのひとつがあった時は、香港特別行政区または駐香港特別行政区国家安全維持公署を経て提出し、中央人民政府が批准し、香港特別行政区国家安全維持公署が本法に規定する国家安全に危害を加える犯罪案件について管轄権を行使する:

(一) 案件が外国または境外の勢力が介入する複雑な状況で、香港特別行政区の管轄に確実に困難がある時;

(二) 香港特別行政区政府が有効に本法を執行することのできない厳重な状況が出現した時

(三) 国家安全が重大な現実的な脅威にさらされる状況が出現した時

各号の要件を満たした場合に、国家安全維持公署が犯罪に対する管轄権を行使する旨の規定。香港特別行政区の管轄権(40条)の例外規定。1号及び2号は香港が管轄権を行使することが困難又は不能な場合であり、香港が無能であればあるほど国家安全維持公署が管轄権を拡大できるかのような規定。3号は香港の能力とは関係なく、国家安全に重大な危険が現に生じている場合。

 

第五十六条 根据本法第五十五条规定管辖有关危害国家安全犯罪案件时,由驻香港特别行政区维护国家安全公署负责立案侦查,最高人民检察院指定有关检察机关行使检察权,最高人民法院指定有关法院行使审判权。

第五十六条 本法第五十五条の規定に基づいて国家安全に危害を加える犯罪案件を管轄するとき、駐香港特別行政区国家安全維持公署が立案・調査の責任を負い、最高人民検察院が関連のある検察機関を指定して検察権を行使し、最高人民法院が関連のある法院を指定して裁判権を行使する。

国家安全維持公署が犯罪に対する管轄権を行使する場合の捜査機関、検察機関及び裁判機関に関する規定。

 

第五十七条 根据本法第五十五条规定管辖案件的立案侦查、审查起诉、审判和刑罚的执行等诉讼程序事宜,适用《中华人民共和国刑事诉讼法》等相关法律的规定。

  根据本法第五十五条规定管辖案件时,本法第五十六条规定的执法、司法机关依法行使相关权力,其为决定采取强制措施、侦查措施和司法裁判而签发的法律文书在香港特别行政区具有法律效力。对于驻香港特别行政区维护国家安全公署依法采取的措施,有关机构、组织和个人必须遵从。

第五十七条 本法第五十五条の規定に基づいて管轄する案件の立案調査・審査起訴・裁判・刑罰執行などの訴訟手続きは、『中華人民共和国刑事訴訟法』その他の関連する法律規定を適用する。

本法第五十五条の規定に基づいて案件を管轄する時は、本法第五十六条に規定する行政・司法機関が法律に基づいて関連する権力を行使し、その強制措置・調査措置・司法裁判を取ることを決定するために発行された文書が、香港特別行政区において法的効力を持つ。香港特別行政区国家安全維持公署が取った措置に対して、関連する機関・組織・個人はこれを遵守しなければならない。

1項は、国家安全維持公署が犯罪に対する管轄権を行使する場合の刑事手続については中国刑事訴訟法その他の関係規定を適用する旨の規定。本法の刑事手続に関する規定も当然適用されるはずだが、自明なので明記していないのか、あるいは「その他の関係規定」に含む趣旨か。41条1項が、香港が管轄権を行使する場合の刑事手続について本法と香港法を適用すると規定している点と対比。2項前段で、前条の機関が発した法律文書が香港で法律上の効力を有する旨を規定。「法律文書」に具体的にどのような文書が含まれるのかは不明だが、法律の規定に基づいて作成された文書が法律上の効力を有するのは当然だと思われる。後段で、関係する機関、組織及び個人は、国家安全維持公署の措置に従わなければならない旨を規定。

 

第五十八条 根据本法第五十五条规定管辖案件时,犯罪嫌疑人自被驻香港特别行政区维护国家安全公署第一次讯问或者采取强制措施之日起,有权委托律师作为辩护人。辩护律师可以依法为犯罪嫌疑人、被告人提供法律帮助。

  犯罪嫌疑人、被告人被合法拘捕后,享有尽早接受司法机关公正审判的权利。

第五十八条 本法五十五条規定に基づいて案件を管轄するとき、容疑者は駐香港特別行政区国家安全維持公署で第一回の取り調べを受ける日または強制措置が取られた日から、弁護士に弁護人を頼む権利を有する。弁護士は法律に基づいて容疑者・被告人に対して法律的な助けを提供できる。

容疑者・被告人は法律に基づいて逮捕された後、なるべく早く司法機関の公正な裁判を受ける権利を有する。

1項で、容疑者の弁護人選任権について規定。中国刑事訴訟法34条と同旨。同項の規定する場合以外に、弁護人選任権が保障されるのかは不明。2項で迅速な裁判を受ける権利を保障。日本国憲法37条1項も同旨だが、本法58条2項では被告人に加え被疑者も対象になっている。(被疑者は必ず起訴されることを見込んだ規定??) 

 

第五十九条 根据本法第五十五条规定管辖案件时,任何人如果知道本法规定的危害国家安全犯罪案件情况,都有如实作证的义务。

第五十九条 本法五十五条の規定に基づいて案件を管轄するとき、いかなる人ももしも本法に規定する国家安全に危害を加える犯罪案件があると知った時は、取り調べの際に事実を述べる義務を負う。

国家安全維持公署が犯罪に対する管轄権を行使する場合に、国家安全を害する犯罪について知っている者に真実を述べる義務を課した規定。被疑者・被告人の黙秘権や証人の証言拒絶権を否定しており、さらに国家安全維持公署が管轄を有する事件以外の犯罪についても、真実陳述義務の対象となると考えられる。なお、義務違反に対する制裁は本法には規定されていないので、中国本土・香港の刑事手続法が適用されることになるか。

 

第六十条 驻香港特别行政区维护国家安全公署及其人员依据本法执行职务的行为,不受香港特别行政区管辖。

  持有驻香港特别行政区维护国家安全公署制发的证件或者证明文件的人员和车辆等在执行职务时不受香港特别行政区执法人员检查、搜查和扣押。

驻香港特别行政区维护国家安全公署及其人员享有香港特别行政区法律规定的其他权利和豁免。

第六十条 駐香港特別行政区国家安全維持公署およびその人員が本法に基づいて職務を執行する行為は、香港特別行政区の管轄を受けない。

香港特別行政区国家安全維持公署が制定発布した証明書または証明文書を所持している人員または車両が職務を執行しているときには香港特別行政区行政人員の検査・捜査と差し押さえを受けない。

香港特別行政区国家安全維持公署およびその人員は香港特別行政区の法律が規定するその他の権利と免除を享受する。

1項は、国家安全維持公署及びその人員の職務行為について、香港特別行政区は管轄を有しない旨の規定。趣旨が不明瞭な規定だが、職務遂行に伴う不法行為、犯罪行為等を念頭に置いたものか。48条1項、50条1項・2項で国家安全維持公署の法律遵守義務が明記されているが、国家安全維持公署に対して法律違反の責任を問うことは難しいと思われる。2項で職務の遂行に当たる人員、車両等が香港の執行職員による検査、捜査及び差押えを受けない旨を規定。3項で、国家安全維持公署及びその人員が、香港法の規定するその他の権利及び免除を受ける旨を規定。「権利」という語が用いられているが、外交上の特権に近いものか。香港法のどのような規定が想定されているのか不明だが、本法施行に合わせて関係規定の整備が必要になると考えられる。

 

第六十一条 驻香港特别行政区维护国家安全公署依据本法规定履行职责时,香港特别行政区政府有关部门须提供必要的便利和配合,对妨碍有关执行职务的行为依法予以制止并追究责任。

第六十一条 駐香港特別行政区国家安全維持公署が本法の規定に基づいて職責を履行するとき、香港特別行政区政府の関連する部門は必要な便宜と協力を提供しなければならず、職務の執行に関する行為に対して妨害があったときには法律に基づいて制止し責任追及する。

国家安全維持公署の職務遂行に当たり、香港政府が便宜を図り、職務遂行の障害となるものを排除する旨の責務規定。